書籍「読書術」の感想

著者・加藤周一

発行者・大塚信一

発行所・岩波書店

2000年11月16日第1刷発行

 

静かな山中の透き通った小川の水がサラサラと自分の中に流れ込んでくるようで、スイスイと読めた。読みやすく、読んでいて気持ちいい。清廉な文章。

 

あとがきによると、もともと光文社から出版されていた「読書術」に少し手直しなど入れて岩波書店から発行されたものらしい。文章自体は1960年ごろに書かれたようだが2023年の今でもなんら違和感なく新鮮なものとして読んだ。通勤電車での読書に関しての項など今も全く変わっていない通勤事情に少し寂しくなったくらい。

 

読み終わって印象に残っていること

・読書は楽な体勢がよい←激しく同意

・うさぎと亀の項、ひとつの本を遅く読むことでその後の読書が速くなることもあるし、たくさんの本を速く読んできたからこそ時間をかけるべきひとつの本を選ぶことができる←読書のみならずこういうことは人生において多々あるなと共感

・読まない読書術の項、自分が読んでいない本について相手が話し始めた時に反対とも質問ともつかないような返しをしてその本の内容を引き出す。話を聞く前は「知的」ではなかったかもしれないが、聞き終わった後はいくぶん「知的」になっている←この技術はぜひ身につけたい

徳川時代国学者・香川景樹の言葉「文章はただ義理のわかるを基としはべれば、だれが聞きても少しも悔い惑わざるが上手なり」(『随処師説』)←最近世間でよく言われる「誰でもわかる簡単な言葉で説明できる人が賢い人」の元ネタっぽいなと思った

・難しいと感じる本は、書き手が下手か、自分に必要のない本←言い切っていて清々しいし、納得できる

・著者は通勤電車の中でのみ『ラテン語文法捷径』という2冊の小冊子を読みラテン語を学ぶ生活を1年間続け、その後羅文の古典文学を読むなど海外の書物を原文で読む描写がたまに出てくる←とても知的でかっこいい

 

X(旧Twitter)で「岩波文庫を100冊よめば文学部を出たくらいの教養がつくと言われている」という発言をみたため、岩波文庫100冊読んでみるかという気になった。それに取り掛かる前に読書法の本を読んでおくのもいいかもしれないと思い手に取った本。読書に関して網羅されているしとても上質な本だと感じたが、岩波文庫100冊読破に役立つかというと少し違う気がしている。しかし買って常に手元に置いておきたい本である。

 

以上。

書籍「西洋美術は『彫刻』抜きには語れない 教養としての彫刻の見方」の感想

著者・堀越啓、発行所・株式会社 翔泳社

2022年8月31日電子書籍版発行

 

1番印象に残ってるのは「ロダンって思ってたよりめっちゃ凄い人やん」ってこと。彫刻史がロダン前とロダン後に分けられるってこの本で知って、え、そんな凄い人やったん?って頭混乱した。いつも挨拶してた掃除夫のおっちゃんが実は社長でしたみたいな。

 

ロダンの凄さは、今までのギリシャ・ローマ的な外形的な美しさを重視していた彫刻に、生き物の内面や本質を表に出す表現を取り入れた点らしい。SNSの普及でどんどん見た目重視の風潮が広まってる昨今、ここらでいったん自分の中にロダンを呼んでこなあかんという気持ちになった。みんなの心にもロダンを。

 

分からんなりに彫刻を見に行くと、人間も広義の彫刻だよなと思う。美容整形とかで外形を整えるのも美の追求においては大切かもしれないけど、ロダンの作品のように内面が滲み出る外見を味わうのが面白い。また彫刻は野外におけることで、時間の経過やその時の天気や周りの環境によっても見え方が変わる。自分という作品をどう作っていこうかという気持ちになる。

 

西洋美術史において「時代の節目になると必ず戻ってくるのも、この古代ギリシャ・ローマの美術です」とのこと。ルッキズムの強まりからしても、日本もどんどん西洋に染まってきてるのかもね。筋トレブームで筋肉美ももてはやされてるし、立体的な顔面とか、腰高の長い脚とか西洋的な美の基準が圧倒的に良しとされていて少し寂しい。

 

彫刻ってなんかよく分からん、を解消したくて読んだ。結果として彫刻の素材や制作方法に関する謎に関してはスッキリしたものの、感覚としてはやっぱり分からんままである。彫刻美術の歴史に関して頭にあまり残ってないからだろう。もう一度歴史の部分を読み込むとより彫刻が楽しめそう。写真とか図があるから、電子版でなく紙で読んだ方が見やすかったのかもと思った。

 

以上。

【ネタバレあり】映画「LAMB」の感想

監督・脚本ヴァルディミール・ヨハンソン、脚本ショーン。2021年公開。Netflixにて2024年1月7日鑑賞。

 

ホラー映画としてジャンル分けされていたけれど、ホラーっぽくなかった。正直よく分からない。淡々としていて北欧っぽい。そして切ない。何度か泣いた。

 

広大な何もない山間の土地で2人だけで羊を飼っている夫婦のマリアとイングヴァル。この夫婦がいつものように羊の出産に立ち会い子どもを取り上げたところ、半分羊で半分人間の子どもが生まれる。夫婦はその子を自分たちの子として育て、アダと名付ける。この家族の行く末は……?というのがあらすじ。

 

この映画を観て分かったことは「洋画のホラーをみてなんかよく分からん場合はキリスト教ギリシャ神話に関する己の知識不足を疑え」ということ。

 

至る所にキリスト教ギリシャ神話のモチーフが散りばめられていたらしいがゴリゴリの日本人で宗教にも疎いため全然わかってなかった。以前「ヘレディタリー」を観た時を思い出す。あれもなんかよく分からんと思っていたら、悪魔(しかも西洋でもマイナーなやつ)がモチーフになっていたようだった。

 

ただ、半人半羊のアダが寝室の羊の群れを連れる人間の写真を見ているシーンなんかは宗教関係なく刺さるのではないかと思った。アダの表情には幼い子らしい疑問の色と悲しみが見えるような気もする。自分と同じ血が流れる羊が人より下の扱いを受けている姿を見るのは複雑だろう。複数のルーツを持つ国際児のアイデンティティの揺らぎもこのように起きるのだろうか。

 

以上。

童謡集「明るい方へ」の感想

著者・金子みすゞ、選者・矢崎節男、発行所:JULA出版局

第一版発行日1995年3月10日

 

金子みすゞの童謡が素晴らしいのはもちろんのこと、選者・矢崎節男の後書きにも心打たれる。

「美しいこと、あるいは美しい行為は、美しい行為を生むのでしょう」

本を読むとき、映画を観るとき、美術館に行くとき、それ以外も、毎日の生活を思い返して、ああ本当だと思う言葉。そのために私は本を、詩を読みたくなるのかもしれない。

 

後書きでは美しい行為が美しい行為を生むことをうたっているとして「草原の夜」の童謡を挙げ、この詩を読むとそのことが信じられて幸せな気持ちになると言っている。それを読んで私もまた幸せな気持ちになる。

 

またそれに関連して書かれている、クラスでいじめがあった担任の先生も興味深い。先生が毎日5分、終わりの会で金子みすゞの童謡を童謡集の中から一編ずつ読み聞かせ、先生の感じたことを話していったところ、いじめがなくなった。みすゞの童謡がいじめをなくしたと断言はできないかもしれないが、そう思いたいと書いていた先生の話。

みすゞの童謡にはその力があると、この童謡集を読んだ誰もが思わずにはいられないだろう。

 

矢崎節男は「みすゞの詩は読む人の心を浄化する」と書いている。私も、みすゞに限らず良い詩を読んだ後は心が洗われた感覚になるので、本当にそうですよねと首が取れそうになりながら後書きを読んでいた。この童謡集を読みながらボロボロに泣いている。前作の童謡集「わたしと小鳥とすずと」を読んでいた時もボロボロに泣いていた。

 

童謡集「わたしと小鳥とすずと」の方が、世間で有名な童謡がたくさん載っている。タイトルになっている「わたしと小鳥とすずと」はもちろん、海の魚はかわいそうから始まる「お魚」、朝焼け小焼けだの「大漁」、見えぬけれどもあるんだよの「星とたんぽぽ」、テレビCMにもなっていた「こだまでしょうか」など。何回も聞いたことがあって知っているのに読むたび毎回新しい。良い詩はなぜか毎回新しい。

 

この童謡集「明るい方へ」の中で特に好きなのは「灰」と「空のこい」。SNS疲れの心に沁み入る。

 

以上。

漫画「(有)斉木ゴルフ製作所物語 プライド」の感想

作・千葉俊彦、画・那須輝一郎。

2017年~2018年秋田書店発行。10巻完結。

 

めっちゃよかった。

ざっくりしたあらすじとしては、契約をすべて切られた女子プロゴルファー・荒木ジュンが、千葉の地クラブメーカー・斉木ゴルフ製作所と契約して成長していく。ゴルファーと中小企業のサクセスストーリー。

 

プロフェッショナルとはジャンル問わず職人である。一流の職人は道具について知り尽くしてこそ、いい仕事ができる。道具を作る職人だけでなく、ゴルファーも職人。仕事において自分の使う道具を理解することの大切さに重点を置いて描かれているので、仕事をしている社会人ならだれもが胸を打たれると思う。読みながら、ゴルフだけでなく自分の仕事にも真摯に向き合おうという気持ちになれてすごい。

 

最近ゴルフでも始めてみようかなと思い、導入として1番最初に読み始めたのがこの漫画。最低限のゴルフ知識がある人に向けて書かれているので、まったくの初心者が初めに読む漫画ではなかったかもしれない。

 

ゴルフにおける道具に順に焦点が当たっていく。アイアン→グリップ→ボール→ドライバー(シャフト)→シューズ→パター→グローブ→キャディ(人)と道具についていろいろやってきた最後に、一番近くで行動を共にするキャディの大切さが取り上げられているところが人情味があって熱い。キャディまで道具というと物扱いしているようで誤解が生まれそうだが、ともに働く人の能力や人間性によりパフォーマンスが変わるのは誰しもが理解している点だと思う。

 

女子プロの話なので当然女性キャラがたくさん出てくるが、全ての女性キャラの描き方にも好感がもてた。読んでいてストレスのない漫画。

 

この漫画の中で好きなのは、技術者がジュンのクラブを見ただけでライ角が60°だと当てたり、テレビでジュンの試合を観ていただけでグリップの滑りを見抜いたりとプロならではの目線で確かな実力を感じさせるパートがたくさんあるところ。かっこよすぎて痺れるし憧れる。

 

終わり方は綺麗だけど、えっ?!もう終わり?!となる。盛り上がりの波が、作中の他の試合の熱量とあまり変わらずな印象なので若干不完全燃焼。でもトータルで見るとめっちゃいい。もう少し後で、ゴルフの最低知識が身についた頃にまた読み返したい。

 

以上。

 

 

漫画「RTA走者はゲーム世界から帰れない」の感想

作者・小出よしと

現時点で2巻まで発売されており未完。まだ続くみたい。最近知ったばかりだけど、自分の中のギャグ部門でかなり上位に食い込んでる。

 

私は普段まったくゲームをせず、RTAという言葉もこの漫画で知ったくらいの自分でも面白く読めた。

RTAとはReal Time Attack の略で「ゲームを最初からプレイしてどれだけ早くクリアできるかを競う遊び方」だそう。

 

ジャンルとしては「異世界転生ギャグ漫画」かな。主人公のシャチク(社畜)がRTAでやりこんでいるゲームの世界の主人公の勇者として転生し、やり込んだバグ技を駆使して無双していくストーリー。

 

バグ技ばかり出てくるので、毎回予想を裏切られまくり、馬鹿馬鹿しさがとてもツボにハマった。絵柄も好き。

 

正直なところ出オチで面白いのは最初だけかなと思っていたが、2巻まで継続して面白い。ゲーム世界の設定がシリアスなのでギャグと言えども暗いシーンもあるが、グロさは無いので全年齢向きと言えると思う。女勇者の服装だけは成人向けな感じ。あと蜘蛛を操る敵キャラがいるので、蜘蛛苦手な人は注意。

 

 

以上

 

 

【ネタバレあり】映画「ヴィーガンズ・ハム」の感想

感想の中に「鍵泥棒のメソッド」のネタバレもちょっとあり。

 

監督ファブリス・エブエ、脚本ファブリス・エブエ&ヴァンサン・ソリニャック。2023年12月21日Netflixにて鑑賞。

 

正義と欲にまみれた約2時間。虐殺に対する大衆への警鐘みたいな映画だった。ジェノサイドを意識させられて、かなり身につまされる。

 

「私がやりました」に続いてまたフランスのコメディテイストの映画。カニバリズムのホラーをこんなカラッと明るく作れることある?オチも綺麗。

 

肉屋の夫婦のヴァンサンとソフィーが自分の店を襲ったヴィーガンの青年を殺して成り行きでハムとして売ってしまったところ大変評判が良く、ハムにするためにどんどんヴィーガンを殺していく。最初は嫌々だったのが、ハムの売れ行きがいいとどんどん殺しに積極的になっていく。ヴィーガンを殺せば殺すほど、映画開始時点では冷え切っていた夫婦仲も良くなり金銭的にも余裕がでてヴァンサンとソフィーの人生が充実していく。

 

過激派ヴィーガンは当初から自分たちの正義をもって活動しているが、やりすぎでは?と思う報復行為をする。それと対照的に、ハムにするためヴィーガンを殺すのはやりすぎと気付きながらもそれを自らの正義にしていく肉屋夫婦。

 

肉屋夫婦は人肉を売るという倫理に反する行いをしているけど、肉屋という仮面を被っているから客には本当のことは分からない。肉屋という表の顔を疑うことなく毎日行列を作る客は騙されてかわいそうな被害者のように見えて実は加害者の一因である。客が行列を作らなければ、ヴァンサンもソフィーもヴィーガンを殺し続けることはなかった。

 

ヴィーガンに向けてヴァンサンとソフィーがチラシを配っているシーンで、作中の名もないヴィーガンが「肉を食べるなんて虐殺に加担している!」と声を荒げていたセリフがこの映画の肝かなと思った。この映画を観ている人は第三者ではないかもしれない、自分が疑いなく信じているものが虐殺を支持している可能性があるかもしれない。美味しさに惑わされない理性と真実を見る目を持たなければいけない。

 

それら大事なテーマとは話が変わるが、この映画で1番印象に残ったのは家でヴィーガンの青年が殺された後の場面。ソフィーがキスの時に舌を噛んだあの青年。死体は死角で見えないとはいえどソファーの裏であれだけ血が出ているのに、娘が何事もないかのようにやってきてソファーに座って普通に話し、何も気づかず帰っていく。「鍵泥棒のメソッド」で、実際に人が死ぬと血の臭いがすごいって言ってたのに!と思いながら、映画だからこそできる演出が楽しかった。

 

他に印象に残っているのは、やっぱり1番最後の「ウィニー」。裁判官に「取り戻したいものはあるか?」と訊かれたソフィーの答えが「ウィニー」。ちなみに字幕と吹き替えで少し言葉が変わっており、上記は吹き替え版。字幕では「後悔していることはあるか?」だった。

 

ウィニーはヴァンサンとソフィーに殺されそうになったヴィーガンの青年の名前で、彼のペースメーカーが肉にまぎれていたため肉屋夫婦の犯罪がバレるきっかけになった。作中唯一殺されずに心臓発作でなくなっていて、たぶん1番美味しいヴィーガンだった。くまのプーさん(Winny the Pooh)と同じような名前や体型であるため子供のころにいじめられていた。登場時も黄色に赤の服とプーさんカラーの服を着ており、プーさんのイメージが徹底されているので観客も絶対忘れない登場キャラクター。

 

プーさんは中国の例のあの人を意識させる。ウイグル自治区のことを示唆しているんだろう。というより中国共産党自体のことかな?

 

映画は好きだけど、今までは50〜60年代の洋画かミュージカル中心に観ていたから、最近やっと映画というものが社会的なメッセージを強く発していることを実感して震えてる。あとヨーロッパの映画でアジアの中国のジェノサイドが取り上げられていることに少し驚きがあった。

 

ジェノサイドや戦争のニュースをみると何も出来ない一般人の自分の無力さが本当につらい。でも何も出来ない訳ではなくて、無力かも知れないけれど日々の小さな行動を積み重ねる必要性を肯定してくれる映画だったと思う。

 

自分がいつも買っているもの、使っているサービス、日常の小さなことそれぞれがジェノサイドに加担してはいないか考えてみる。そこから始めていこうというメッセージと受け取った。

 

ジェノサイドとか性加害とか人権にまつわる大きな問題と向き合うとき、自分の中の加害性から目を背けたくなる。良かれと思ってやっていたことが、加害を助長していたかもしれない。もし今まで生きてきて一度も他人の人権を侵害したことがない人生がありえたとしても、日本人として生まれて、かつての日本の国が植民地支配の恩恵を受けていた歴史があるかぎり加害性は付きまとう。

 

 

 

「面白いより面白そうな方が偉い」

誰の言葉か忘れてしまったが、この言葉を思い出した映画でもあった。

 

 

以上。