【ネタバレあり】映画「ヴィーガンズ・ハム」の感想

感想の中に「鍵泥棒のメソッド」のネタバレもちょっとあり。

 

監督ファブリス・エブエ、脚本ファブリス・エブエ&ヴァンサン・ソリニャック。2023年12月21日Netflixにて鑑賞。

 

正義と欲にまみれた約2時間。虐殺に対する大衆への警鐘みたいな映画だった。ジェノサイドを意識させられて、かなり身につまされる。

 

「私がやりました」に続いてまたフランスのコメディテイストの映画。カニバリズムのホラーをこんなカラッと明るく作れることある?オチも綺麗。

 

肉屋の夫婦のヴァンサンとソフィーが自分の店を襲ったヴィーガンの青年を殺して成り行きでハムとして売ってしまったところ大変評判が良く、ハムにするためにどんどんヴィーガンを殺していく。最初は嫌々だったのが、ハムの売れ行きがいいとどんどん殺しに積極的になっていく。ヴィーガンを殺せば殺すほど、映画開始時点では冷え切っていた夫婦仲も良くなり金銭的にも余裕がでてヴァンサンとソフィーの人生が充実していく。

 

過激派ヴィーガンは当初から自分たちの正義をもって活動しているが、やりすぎでは?と思う報復行為をする。それと対照的に、ハムにするためヴィーガンを殺すのはやりすぎと気付きながらもそれを自らの正義にしていく肉屋夫婦。

 

肉屋夫婦は人肉を売るという倫理に反する行いをしているけど、肉屋という仮面を被っているから客には本当のことは分からない。肉屋という表の顔を疑うことなく毎日行列を作る客は騙されてかわいそうな被害者のように見えて実は加害者の一因である。客が行列を作らなければ、ヴァンサンもソフィーもヴィーガンを殺し続けることはなかった。

 

ヴィーガンに向けてヴァンサンとソフィーがチラシを配っているシーンで、作中の名もないヴィーガンが「肉を食べるなんて虐殺に加担している!」と声を荒げていたセリフがこの映画の肝かなと思った。この映画を観ている人は第三者ではないかもしれない、自分が疑いなく信じているものが虐殺を支持している可能性があるかもしれない。美味しさに惑わされない理性と真実を見る目を持たなければいけない。

 

それら大事なテーマとは話が変わるが、この映画で1番印象に残ったのは家でヴィーガンの青年が殺された後の場面。ソフィーがキスの時に舌を噛んだあの青年。死体は死角で見えないとはいえどソファーの裏であれだけ血が出ているのに、娘が何事もないかのようにやってきてソファーに座って普通に話し、何も気づかず帰っていく。「鍵泥棒のメソッド」で、実際に人が死ぬと血の臭いがすごいって言ってたのに!と思いながら、映画だからこそできる演出が楽しかった。

 

他に印象に残っているのは、やっぱり1番最後の「ウィニー」。裁判官に「取り戻したいものはあるか?」と訊かれたソフィーの答えが「ウィニー」。ちなみに字幕と吹き替えで少し言葉が変わっており、上記は吹き替え版。字幕では「後悔していることはあるか?」だった。

 

ウィニーはヴァンサンとソフィーに殺されそうになったヴィーガンの青年の名前で、彼のペースメーカーが肉にまぎれていたため肉屋夫婦の犯罪がバレるきっかけになった。作中唯一殺されずに心臓発作でなくなっていて、たぶん1番美味しいヴィーガンだった。くまのプーさん(Winny the Pooh)と同じような名前や体型であるため子供のころにいじめられていた。登場時も黄色に赤の服とプーさんカラーの服を着ており、プーさんのイメージが徹底されているので観客も絶対忘れない登場キャラクター。

 

プーさんは中国の例のあの人を意識させる。ウイグル自治区のことを示唆しているんだろう。というより中国共産党自体のことかな?

 

映画は好きだけど、今までは50〜60年代の洋画かミュージカル中心に観ていたから、最近やっと映画というものが社会的なメッセージを強く発していることを実感して震えてる。あとヨーロッパの映画でアジアの中国のジェノサイドが取り上げられていることに少し驚きがあった。

 

ジェノサイドや戦争のニュースをみると何も出来ない一般人の自分の無力さが本当につらい。でも何も出来ない訳ではなくて、無力かも知れないけれど日々の小さな行動を積み重ねる必要性を肯定してくれる映画だったと思う。

 

自分がいつも買っているもの、使っているサービス、日常の小さなことそれぞれがジェノサイドに加担してはいないか考えてみる。そこから始めていこうというメッセージと受け取った。

 

ジェノサイドとか性加害とか人権にまつわる大きな問題と向き合うとき、自分の中の加害性から目を背けたくなる。良かれと思ってやっていたことが、加害を助長していたかもしれない。もし今まで生きてきて一度も他人の人権を侵害したことがない人生がありえたとしても、日本人として生まれて、かつての日本の国が植民地支配の恩恵を受けていた歴史があるかぎり加害性は付きまとう。

 

 

 

「面白いより面白そうな方が偉い」

誰の言葉か忘れてしまったが、この言葉を思い出した映画でもあった。

 

 

以上。